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「アートブレイキー&ジャズメッセンジャーズとの大セッション大会」編
第一回/第二回/第三回/第四回/第五回/最終回

「テナータイタン!リトルジャイアント!ジョニーグリフィンとの出逢い」編
第一回/第二回/第三回/第四回/最終回

「遥かな道、テナー街道」編
第一回/第二回/第三回/第四回/第五回

第四回 「ちょっと待ったあ〜!」
(テナータイタン!リトルジャイアント!ジョニーグリフィンとの出逢い。)
 カーティスのコーヒーか?グリフィンのマウスピースか?
私は一世一代の決断を強いられました。

せっかくの好意で蓋まで取ってくれたカーティス様のコーヒーを飲むのは礼儀と
いうものなのですが、コーヒーを飲んだその口でグリフィン様のマウスピースを
咥えると、サックスプレーヤーの命ともいうべき木製のリードを汚してしまうことになる。
なんという無礼千万なことだろう。

逆に、カーティス様にしてみれば
「蓋までとってやった俺のコーヒーは後回しかよ〜!」と・・・・・
これはまさしく冬場のふんどし洗い?(辛い洗濯?)お後がよろしいようで!
悩んでいても仕方がない、男らしくお縄を頂戴する覚悟でとがらせた唇を
カーティスの顔へ向けた瞬間、

「モーメン!!(ちょっと待った〜!!)」

とグリフィンの声。

「わあ〜!」

と私の沈黙の悲鳴!

「砂糖はいらないの?」

とグリフィン。

この数秒間の出来事で私の頭髪は真っ白に・・・なるものか!
3人の静かな大騒ぎが収まって私は熱いコーヒーを一口ゆっくりと喉に
注ぎ込みました。

そして静かに片方の手にあるマウスピースを眺めていると、グリフィンが言いました。

「吹いてみなよ」

心優しいというか無頓着というか、やはりジャイアントともなれば凡人とは性根が
ちがうなあと関心至極。グリフィンに促されるままにそのマウスピースを
吹いてみました。

するとカーティスがグリフィンに向かって

「なあJ、あんたあの病気は治ったのだろうなあ?」

「ええっ〜!!!?」
私の仰天!

「カーティス、馬鹿言うなよ、もう治ったさ!」

「えええっ〜!!!」
私ののけぞり!

なんと恐ろしいほどのジョークの応酬。またもやアカデミー賞物のカーティスジョーク。
いやグリフィンのとぼけた返事もオスカー間違いなし!

「丁々発止」「阿吽の呼吸」「打てば響く」「ボケと突っ込み」とはジャズの世界でも
同じどころか、この二人のやりとり、間、こそがインプロビゼーションの極意と見た!
もうこうなると私は二人の神々の前の「いと小さき者」「迷える子羊」「煩悩の権化」
「少年よ大志を抱け」ちょっと違うか?

 さて、グリフィンの黄金のマウスピースを吹かせて頂きましたならば、これがまた
なんとごく普通の吹き心地。一般的な、ジャズテナー奏者であれば大抵は経験のある
メーカーのマウスピースとリードの組み合わせで、その感触もごく一般的なもの。

しかし、ここで「ふ〜ん、なるほどね」てな態度もとれずまた悩みの迷路へ…
思案の末、出た言葉は

「ワオー!」

数十年前から私のイングリッシュに於ける専属感嘆詞を連発し、ほんの数年前に
身につけた国際ビジネスイングリッシュ

「ワンダフル!」

の連呼連呼チェルネンコ。
グリフィンは言いました。

「どうだ?普通だろ」

「なんと!」

私は内心を見透かされたような恐怖感さえ覚え、

「めっそうもござりません、殿!素晴らしきマウスピース。とてもこの世のものとは
思えぬ吹き心地。この期に及びましては拙者、命に代えましてもこのマウスピース
なるものを殿のお体の一部と心得、生涯の記念として・・・」

といった心境。

ただし、実際にはグリフィンのマウスピース、とても素直に息が入り、まるで
吸い取られていくように、あたかも自分の肺活量が何倍にも膨れ上がったような
感触で、楽器本体が無くともこの小さな金属魂だけでメロディーが吹けるような
不思議な物体でした。

グリフィンが得意の流暢華麗なフレーズが、今まさに始まろうとしているのは
彼の私を見る眼でわかりました。

「このマウスピース、もう20年使っているんだ。俺たちのように毎日仕事で
使っていると、ここの先っちょの部分が減ってしまって音が出辛くなる。だから
このベイビー(彼はマウスピースのことをこう呼ぶ)に体の調子を毎日聞くんだ。
この子が『元気だよ』ってときはいいが体調が悪いと黙ってしまうんだ。そうなると
俺はもう居ても立ってもいられなくて大騒ぎ。だからいつも手術用の7つ道具を
持っているのさ。ほら」

と楽器ケースの中から小さな皮ケースを取り出し見せてくれました。中には
何種類ものサンドペーパーや平べったいヤスリ、細長いキリのようなヤスリ、
きめの細かいやわらかいセーム皮、磨き砂や磨きクリーム、グリース等が
皮ケースの内側の区分されたポケットやベルトループに整然と整理されて
並んでいました。

「これがベイビーのメンテナンスグッズさ。どうだ君、吹いてみてベイビーの調子は
どうだった?」

「お元気そうで何より!」

「そうだろう、サックス吹きは先ずマウスピースを大切に思ってやることが
大事なんだ。」

「Jのマウスピースは二十歳の別嬪さんだから可愛がるんだ。いつだってそうさJは。
でもワイフは彼より年上だからメンテナンスはしないんだそうだ。この前なんか
ワイフのメンテを町の修理工場に出しちゃったんだよ、キャーキャキャキャキャ!」

とカーティス。

グリフィン、意に介さず、

「このマウスピースは実はもう老人なんだ。だから大切にしなきゃ使えなくなる。
でも俺とずっとすごしてきたんだからこの先も大切に使う。でもな、ちゃんとこの
ベイビーは出来のいい兄弟を俺に逢わせてくれたんだ。ほら」

グリフィンはまたもや楽器ケースの中から小さな皮袋を取り出し、その中に
入っているもっと小さな皮袋から数個のマウスピースを取り出しました。

「どうだこれ、これもこれもこれも、みんなベイビーの兄弟なんだ」

見ると全部同じメーカーの同じ番号(オットーリンクメタルの9番)。

「これ、いつも持ち歩いているのですか?」

「そうだよ。だって兄弟は助け合わなきゃなあ。あのベイビーが病気になったらこの
ベイビーがピンチヒッターだし、会場や状況によって得意不得意があるものなあ。
俺の体調だっていつも同じじゃないし。」

さすがは天下の「リトルジャイアント」、このへんが凡人に非ずというところ。
サックスプレーヤーというもの、結構神経質いや繊細な人が多く(私は違うが)
マウスピースの状態や特にリードには気を使う人が多いもの。プラスティックや
金属で出来たマウスピースはともかく、生き物である木質で出来たリードは
日々湿度や気温によって変化し、ましてや吹き手の体調や心理状態までも
反映してしまうほどナイーブなもの。グリフィンのマウスピースへのこだわり、
愛情は当然なのです。

 唐突にグリフィンが尋ねてきました。

「君、テナーサックスが好き?」

「勿論」

「どういうところが好き?」

「パワーとやさしさの両面を持ってるし、第一自分の声で唄ってる様じゃないですか。」

「だろう!俺も全く同じ感想だ。そうなんだ力があるだけじゃない、やさしさも有るんだ。
俺の父親もそうだったし、故郷のシカゴの連中も皆そうだ。皆優しかったよ。日本人と
同じだ。君も優しい人だろ?」

「いや、そうでも・・・」

「きっとやさしいさ。テナー吹きは皆優しい。そこに座って居眠りしている
トロンボニストもそうだが、偉大なジャズミュージシャン、ベンウエブスターや
ホーキンス、レスターヤング、バッドジョンソン、アーネットコブ、歴代のグレート
ミュージシャンは皆優しかった。優しくなければ男じゃないしジャズはプレイできない。
君も、テナー吹きだからわかると思うが(君も・・という『も』が私の生涯の勲章)
テナーをハードに吹こうとすれば優しく優しく息を入れないとだめだろ?逆にソフトに
唄おうとすればしっかりマウスピースをサポートして息を詰めないとだめだろ?
これだよ!アーネットコブが俺におしえてくれた。『テナーを上手に唄わせたけりゃ、
ママのつくったミルクプディングを形を壊さずに口の中で時間をかけて味わって
溶かす練習をしな』と。だから俺は今でもミルクプディングが大好きさ!」

私は強い衝動に駆られました。

「グリフィンさんに風月堂かモロゾフのプリンを食べさせてあげたい」と・・・!

 そのとき、この暖かい空気を切り裂くような稲妻のようなオルゴールとともに
悪魔の雄叫びが車内に響き渡りました。

「お疲れ様でした、あと3分で広島、広島に到着いたします。どなた様もお忘れ物の
無い様、もう一度お手荷物をお確かめ下さい、広島、広島〜!」

「くど〜〜〜〜い!誰も疲れてなんかいな〜〜〜い!止まれ〜時間よ止まれ〜!
電車も止まれ〜〜〜〜〜!」

最終回、「君、カステーラ好き?」をお楽しみに!