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「アートブレイキー&ジャズメッセンジャーズとの大セッション大会」編
第一回/第二回/第三回/第四回/第五回/最終回

「テナータイタン!リトルジャイアント!ジョニーグリフィンとの出逢い」編
第一回/第二回/第三回/第四回/最終回

「遥かな道、テナー街道」編
第一回/第二回/第三回/第四回/第五回

最終回 「君、カステーラ好き?」
(テナータイタン!リトルジャイアント!ジョニーグリフィンとの出逢い。)
 「どなた様もお忘れ物の無きようもう一度お手荷物を・・・・」

いぜん悪魔の雄叫びが車内に響き渡る中、グリフィン叔父貴はママの作った
ミルクプディング口中溶解術をおちょぼ口で私に熱心に教授中。

私は、この至福のときが「あと3分、あと3分」というカウントダウンと共に
消え去ることの恐怖感に苛まれながら、少しでもグリフィン教授の講義を
聞き漏らしてなるものかとばかりに必死に眼玉を剥き、教授の顔、いや口元を
直視しながら彼と同じようにおちょぼ口で対面していました。

学生時代、あれほど教授の講義を熱心に聴いたことなど無く、社会人になってからも、
得意先との商談中に昨晩の深夜までの酒盛り寝不足の為に、眼を瞑り思案中を
装ったまま居眠りしてしまい危うくビッグビジネスをフイにしてしまいかけたことが
何度かありました。

えっ?「それでよく契約成立に至ったものだ」と?
大抵の場合、取引相手が昨晩の酒宴の相手だったものですからお互い居眠り
しながらの商談で、早く始末をつけたい一心に変わりなく・・・・うぉ〜〜怖!

 さて、場面はプディングの口中溶解術の講義に。
しかし、人が見たらあの場面、おそらく驚いたことでしょう。新幹線の自由席の
対面座席で、黒人のおっちゃんと日本人のスーツ姿のサラリーマンが眼を
剥きながら黙ってお互いおちょぼ口で向き合い、「コックン、コックン」と喉を
鳴らしながら座っている光景なんざァ金輪際見ることのできない光景。

その横ではこれまた黒人のおっちゃんがそそくさと荷物を網棚から降ろし、
皆が飲み終えたコーヒーの紙コップと蓋を丁寧に集め、ゴミ収集係をきょろきょろ
探すしぐさ。

コップ集めにいそしんでいた私の母方の親戚「鹿児島のおにいちゃん」に似た
カーティス叔父貴が叫ぶように私に言いました。

「君、カステーラ好き?」

「えっ?何んですって?」

「君、ナガサキカステーラケーク好き?」

カステラというケーキ菓子、あまり好き嫌いのあるようなものでもないと
思うのですが、あまりにも唐突な鹿児島のおにいちゃん、いやカーティス叔父貴の
問いかけに、思わず

「だ〜〜〜い好物ですよ!世の中にこれほどの美味があるでしょうか?
世の食物史上これほどまでに人間の味覚に対して感動を与えるものがあった
でしょうか。いえ、神が人類に与えた最高の糧、仏が人々に伝えた至福の情け、
いや〜〜ここでナガサキカステーラに出会えるとは感激感謝の至り」

とは言わず一言

「イエス!」

するとカーティス叔父貴は昨晩、コンサートかその後の懇親会でファンか
主催者からの土産物であろう黄色い袋のカステーラを私に手渡しました。

しかしカーティス、私がここで降りずに岡山まで行くことをよく知っていたものだと関心。
そういえば、出会って挨拶の直後、そんな話をごちゃごちゃとしたようなしないような。

気が動転して何を喋ったのか思い出せず、今となっては先ほどの出会いが遠い昔の出来事のように思い、感慨にふけっているとグリフィン教授が言いました。

「君も来なさいよ。今日はヒロシマで過ごせばいいじゃないか。君にはまだ
教えなければならない事がたくさんあるんだ。アーネットコブの教えは
プディングだけど、バッドジョンソンのろうそく消しの秘儀もあるし、忘れては
いけないのが、エリントン楽団のポールゴンザルベスが教えてくれた赤ちゃんにする
キスの仕方と首の座っていない新生児の抱き方でサックスを構えろ、それと、
ギャングには素手で立ち向かってもワイフには絶対逆らうなという俺の教え、
なあカーティス!」

「フムフム、勉強になる」

「もうひとつ、忘れちゃいけないのがチキンをあわてて食べて骨が喉に刺さったときに
吐き出そうとして喉を振るわせて吹くやり方が我が「シカゴテナー」のブロースタイル
「グロウルサウンド」のルーツだったというバドフリーマンの話。それと・・・・・・」

広島到着1分前になって、またもやグリフィンの機関銃のようなフレーズが始まり、
私は地団駄を踏みながらしかし熱心に話しに聞き入っていました。

ふと気付くと先ほどまでどこかへ消えうせたように居なくなっていた通訳、
マネージャーらしきあの憎き、いや、仕事に熱心な別嬪なおねいちゃんと、
昔別嬪であったであろうおばちゃんがにこにこと作り笑いを浮かべて立っていました。
今現在別嬪が進行中のおねいさんが私に言いました。

「ヒロシマに到着しました。ここであなたとお別れですか?それとも
お別れではないですか?」

「お別れです」

男子たるもの、引き際が肝心。きっぱりと言ってやりました。

「オー、それは悲しい出来事です(ホンマかいな?)私たち、ヒロシマで降りて
次のコンサートの準備をします。あなたもビジネスがあるのでしょう?では、さようなら」

なんと事務的な…

人間、追い込まれると卑屈になるもの。この女たち、私のせいで折角のグリーン車は
フイにするし、グレートジャズミュージシャンとの楽しい語らいは邪魔されるし、
おまけにコーヒーまでご馳走するはめになり、いらぬ経費はかかるわ自分たちの
楽しみまで奪われるわできっと怪訝な気持ちでいっぱいだったのでしょう。

と、よほど私の方が被害妄想的に捉えていました。なんと小さき了見の私。

 列車の外を見ると先ほどまでの山間をぬけてだんだんと民家が多くなり、住宅街が、そして進むうちに都会の風情になり山に囲まれた整然と整備された広島の街が車窓の外に広がってきました。街は美しく、ちらほら見える人影も車も小さくゆっくり動いています。
「ビューティフル!」
としゃがれた鼻声のグリフィンの声が車窓の景色を眺めている私の背後で聞こえたので、美しく整備された広島の街を褒めているのだろうと思い、笑みを浮かべて
振りかえり

「アイ、シンク、ソ・・・・・?」
グリフィン叔父貴は例の別嬪のおねいちゃんの手を握り、しきりに
褒め称えていました。

いやはや…!車両は、私の今の気持ちを察してくれているように、ゆっくりゆっくりと
ホームにすべり込もうとしています。私は彼らジャズジャイアンツが生涯の思い出に
残るひと時を与えてくれたことに感謝の言葉を述べ、丁寧に挨拶をし別れを惜しんで
いると、グリフィン叔父貴はキャスター付のボストンバッグに腰をかけ右手には
黒いレザー張りのサックスケースを握りしめ左手でまだおねいさんの手を握り、
何やら商談中?いや歓談中。

カーティス叔父貴はよほど紙コップやゴミが気になるのか、これまたキャスター付の
ボストンバッグを引きずりながら肩にかけたループ付のトロンボーンケースを
抱きかかえ、重ねた紙コップを捨てる場所を捜索中。

 いよいよ別れのときがやってきました。

「広島あ、広島あああ。」

まるで意地悪をしているような雄叫びとともにドアが開きました。
なんと悲しい瞬間でしょう。

「逢うは別れの始めなり」
よくぞ言ったものです。

彼らは大きな背中を私に向けて人の列に溶け込み広島の地に踏み出しました。
まだ人の列が途絶えていないのに発車を知らせるベルが鳴り響きました。
そして次の瞬間、私は別れの挨拶の言葉も忘れ、名残惜しげにゆっくりと閉まる
ドアを眺めていました。

列車はゆっくりと発進し始めました。

先ほどまでのジャズジャイアンツの一挙手一投足までもがまるで映画のワンシーンの
繰り返しのように脳裏に浮かびます。

列車はだんだんスピードを上げ広島駅のホームを完全に離れました。
今にも泣き出しそうな私をじっと見つめている横の影がそっと言いました。

「ビジネスは大丈夫?」

どなたかは存じませんが、手にはカラになって重ねた紙コップ、足元は紐が
ほどけかけた大きな皮靴、そっと見上げると白い歯むき出し満面に笑みの

「鹿児島のおにいちゃん・・・?」

「わ〜!!!カーティス!」

なんと私は広島駅のホームの上。そうです、皆と一緒に降りていました私。
泣き出しそうなのは岡山での商談のアポイント時間が気になって!
カーティスが言いました。

「あれを見ろよ。Jはいつもあの調子さ」

前を見るとグリフィン大先生は例の別嬪のおねいちゃんにぞっこんらしく、しきりに
何やら商談中、いや歓談中。

「やつはああ見えても恐妻家なんだが、神様も酷な運命を与えたもんだ。
あんな顔して女性にモテモテなんだよなあ。俺みたいなハンサムがモテるのは
当然だが、なんでやつがもてるのか解らん。きっとサックスのせいだ。俺も
もうトロンボーンは卒業してテナーに持ち替えようと思うんだ。
昔からテナーは女性にもてる。」

なんと!「テナーは女性にもてる!」

この言葉で、私は一生テナーサックス吹きとして精進することを誓いました。
とは言へ、いまだに満願成就しませんが?

このあと私は名残惜しさもあり、彼らの本日の宿までタクシーでついていったのです。
それもグリフィンの横に乗り…おねいさんの手をにぎり何やらしきりにアプローチ
していたグリフィン、商談成立なのか決別なのか先ほどまでとはうって変わり、
偉大なるテナーマン、「リトルジャイアント」に戻り私にはなしかけてきます。

「テナーっていう楽器はまさに男のロマンだ!そしてヴォイスなんだ。
俺は演奏のときに頭に浮かべるのは女性の姿、それも絶世の美女!
なんとか彼女に自分の思いを告げようと吹くんだ。なんとかこっちを
むかせようとしてな。そうすると自分の持っている力を最大限に
生かそうとする。これが男だ、テナーだ!

"ボディー&ソウル" "ラヴァーマン" バラードの極意はこれだ!
俺は今晩、慢心の力をこめて吹いてやる!そう、絶対吹いてやる!」


この後、岡山での私の商談は見事成立!グリフィン叔父貴の商談?成立のために
合掌!あっ!"鹿児島のおにいちゃん"の野望、「テナーに転向する」ことを
あきらめてくれることにも合掌!