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「アートブレイキー&ジャズメッセンジャーズとの大セッション大会」編
第一回/第二回/第三回/第四回/第五回/最終回

「テナータイタン!リトルジャイアント!ジョニーグリフィンとの出逢い」編
第一回/第二回/第三回/第四回/最終回

「遥かな道、テナー街道」編
第一回/第二回/第三回/第四回/第五回

第一回  「何処で会ったっけ?」
(テナータイタン!リトルジャイアント!ジョニーグリフィンとの出逢い。)
「げに恐ろしきは企業というもの!」

 自分で言うのも何ですが、私のような爆裂奔放野獣的自由人をよくぞ22年間も
放し飼い状態で飼っていてくれたものだと感心至極。私も、人としての良識くらいは
持っているつもりなので(あくまでも自己判断)ま、それなりに多少の貢献はした
つもりですが(これも自己評価の範疇)、やはり会社というものは大樹であり懐の
深いものだと懐かしむ今日この頃。

「出張」

なんと甘美で優雅で愛すべき業務なのでしょう。
経験の御有りになる方々は、密かに「フムフム」と合い槌を打たれる筈。
間違っても上司の居る前でこのクダリを開かない事をお勧め致します。
もっとも横目で覗き見している上司ご本人も「フムフム」と恍惚眼で
うなづかれるとは思いますが?

 平成元年、当時私は、中国地区(岡山、広島、山口)百貨店担当のアパレル企業
営業マンとして、地元大阪〜新幹線を利用して出張に明け暮れる日々を
過ごしていました。会社員にとって出張は唯一羽根を伸ばすことの出来る業務?
当然仕事は仕事として、移動時間中は自由時間?では無いのですがまあ固いことは
抜きにして、ねえ部長!(横から覗いてる顔が見えますよ!)移動中にも関わらず、
今でこそノートパソコンで仕事に勤しむ熱血エリートサラリーマンをよく見ますが、
当時はまだそこまでOA機器を駆使しての業務習慣が無かったので
(私だけかなあ?)お決まりの行動は、新聞、単行本、週刊誌等を
読み漁る、昼寝、弁当、ウォークマンで音楽鑑賞などが一般的でした。

中には、隠密スパイ行動のように背広の襟につける社章をわざわざ裏返して、
愛想の無い日時計のようなバッジをつけたまま涎を垂らして熟睡している御仁も…
ともかく、私も同類でしたが、大抵はウォークマンでジャズを聴きながらジャズ雑誌を
という「ジャズながら族」でした。

 その日は2泊3日の日程でしたので先ずは大阪から最遠方の山口県の徳山から
訪問し、逆行する形で岡山に戻り、また逆行して広島県の福山、三原、そして広島
という日程。非効率な行程ですが、アポイントの加減で…?実は夜の飲み会や
飲み屋の加減!朝一に新大阪を発ち、山口県の徳山駅へ。

 今のダイヤに詳しくないので現在はどうかは分かりかねますが、当時はいわゆる
鈍行「こだま」しか停車しませんでしたので、自由時間を楽しむ為にあえて時間を
かけて行くことに。(サラリーマンの鑑?)さて、朝一に徳山に到着しそそくさと
得意先のご機嫌伺いを済ませ、お世話になっている当社商品の担当者と昼食を
摂り、逆行する形で岡山に戻るべく、新幹線のりばへ向かいました。

人間、昼食の後はほっとして眠気がさすか、穏やかな気持ちで読書なぞを企むかが
相場というもの。いかに私が熱血企業戦士?といえどもそこは人の子、凡人の常。
プラットホームへ上り新幹線こだま号の到着を待つ間、ベンチに座り、
しばし至福の時。

007ジェームスボンドを気取り、アタッシュケースからウォークマンとジャズ専門
月刊誌を取り出し先ずはぺらぺらと雑誌の写真に目を通していました。

すると、階段をにぎやかに上ってくる一群が…。

わいわいがやがや、なんだか年末の忘年会の一次会終了後、「次行こうぜ!次!」
てなノリで、しかもよく聞くと英語。「ま、海外からの旅行者か何かだろう」
と私は気にもせず、ウォークマンのイヤフォーンを耳に差込み雑誌の特集記事を
読んでいました。すると右頭上に黒い影が近寄りいきなり!

「ユーライクジャズ?」

と…。
びっくりして、思わずイヤフォーンがはずれたくらい!
あまりの近さによく相手の顔が見えず、私の例の堪能な英語?で

「イエス」

と答えるやいなや、その影は
「ワオー!ペラペ〜ラペラペ〜ラ!」とたたみかけるように覆いかぶさってきました。
私は何がなんだかわからずに、この際相手の顔だけは確認しておこうとしっかり
見上げたとき、背筋が凍るどころかポッキリ折れたような感覚に襲われました。
そして、しっかり気を取り直して、例の国際的ビジネス英語の長文解釈の基本とも
いえる質問を(相手の名前を呼ぶ)を即座に実行!

「ジョニーグリフィン?」

と…。
すると彼はきょとんとした眼差しで言いました。

「マイフレンド?どこで会った?」

ここで、ジョニーグリフィンについて少しだけご説明を。
本名、ジョン・アーノルド・グリフィン・V
1928年4月24日シカゴ生まれ

17歳でベニーグッドマン楽団のビブララホン奏者として有名なライオネルハンプトン
楽団に入団。黒人音楽の殿堂アポロ劇場に出演したり初レコーディングを経験後
独立し、アートブレイキー&ジャズメッセンジャーズや(またもや私はあの親父に
縁があったのか?とつくずく!神の成せる業か?)ピアノのセロニアスモンク等と活動。

その後人気テナー奏者として数々の名演を残し、巨匠ジョンコルトレーンや
ソニーロリンズと肩を並べるプレイヤーとして君臨。シカゴテナーというスタイルを
踏襲し、その野性味溢れる豪快なブローとバラードにおけるセクシーな鼻声にも
似たサウンドで、容姿に反し(失礼!)案外(またもや失礼!グリフ先生!)
女性ファン多し。

後にヨーロッパに渡り、たちまちスタープレーヤーとして君臨。そのままヨーロッパに
永住し現在、古城を買い取り自家として使用するなど優雅なミュージックライフを
満喫。(私の彼の印象は普通の気のいいおっちゃん!)代表作に彼のニックネーム
そのままの「リトルジャイアント」、ヨーロッパ盤「ザマンアイラブ」、ギターマエストロの
ウエスモンゴメリーの傑作「フルハウス」、セロニアスモンクの「ミステリオーソ」、
忘れてはならないのが共演したあのジョンコルトレーンを打ち負かす勢いのハード
ブローで有名な「アブローイングセッション」等。

 というわけで、ご興味の御有りの方はお聴きになればこれからのコラムを尚一層、
美味しく召し上がっていただけます。(インスタントラーメンの裏書きみたい!)
では、これから始まるグリフィンとの大トークセッション!

第2回「いや、だから、それはあなたです」
をお楽しみに!